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国立駿河療養所
報恩講・交流研修会
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去る10月16〜17日に、ハンセン病学習として、
駿河真宗講報恩講と交流研修会を
教区内外から27名の参加を得て開催いたしました。
初日(16日)は午後1時30分より例年のごとく納骨堂前で勤行。
天候はよかったが、富士山は絶景とまではいかなかった。
のち堂内に入り骨壷の数とここに存在するお骨に圧倒される。
白い骨壷には死亡年月日と名前が記してあったと思うが、
本名でないケースも多いと知らされる。

この療養所は富士山に対面する山の中腹にあるので、
とにかく施設を移動する坂道はキツイ。
入所者の皆さんの高齢化を思うと、景色はすばらしいのだが、
体により負担をかけているのは間違いない。
次の日程のため、車で礼拝堂へ移動する。

午後2時より真宗講の報恩講が勤められた。
勤行ののち、今年は梛野明仁氏による「絵解き」法話。
真宗講の方々にははじめて聞かれたと思うが、
祖父江省念氏ばりでユーモア溢れる語りはもちろん、
今回初めて気付いたのだが、
四幅の御絵伝そのものにも訴える力があることを―。

再び車で移動して、午後3時30分から自治会の小鹿氏の講演を聴く。
氏は確か13歳で入所、在所年数はほぼ50年間と聞く。
ハンセン病問題のいまとこれから―といった趣旨で語っていただいた。
今なお続く偏見差別と、とりわけ国賠訴訟を経て
「ハンセン病問題に関する検証会議」の膨大な最終報告書が提出されたのだが、
そこで提言された「ロードマップ委員会」(仮称)の開催のズサンさ、
まさに国による「立ち枯れ政策」を痛烈に批判された。
それは同時に、「らい予防法」が廃止され、
とりあえず被害賠償も入所生活の保障もしているし、
最終報告書というかたちで謝罪・自己批判もしたからもういいだろう―という国、
そして私たちの中に潜む見えない差別意識を指摘された気がしてならない。
講演ののち隣室で、療養所の歴史を資料・写真パネル等で見学した。

午後5時より、これも例年の夕食・交流会は酒席で開催された。
私はたまたま小鹿氏の向かいの席に座り、
箸ではなくフォークを使って食事をされる氏と話しながら、
先の講演の中で、後遺症で手の感覚がなく
「紙コップを持つとどうしてもつぶれてしまう」と言われた微妙な表現を、
私は本当に理解しているのかをフト問われた気がした。

翌日(17日)午前7時から勤行・朝食ののち療養所内の施設見学。
一度も使われなかった火葬場跡、羽衣寮、旧納骨堂跡、
恩賜公園、旧解剖室、そして監房跡。
治療棟・病棟・センターを見学しながら、
ある入所者が当時の所長から
「お前ら(ハンセン病患者は国賊だから…」と罵倒されたという一言に、
ハンセン病問題の本質を聞いた気がする。

最後に、忙しい中に、研修会の受け入れに尽力いただいた、
駿河療養所自治会の皆様と、
国立駿河療養所の職員の皆様に厚く御礼申し上げます。
(報告 天野信行)
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真宗大谷派岡崎教区同和協議会 主催 |
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